北鹿新聞 一筆啓上に


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    もう、明日の北鹿新聞 朝刊が届きました!早っ!
    先に読んでおこうかな~と開いたら・・・一面の一筆啓上欄に
    見覚えのある文章が・・・。
 
    あ、うちの娘の小学生の頃の自由研究で書いた文です(笑)
    もし編集長のI君が書いてくれたのなら、ありがとう!

    地域外の方へ説明しようとなると長いので、ここでは割愛させて
    いただきますが、茨城県常陸大宮市と大館市で防災協定が
    結ばれることになり、その小さな一部分のきっかけに娘が
    小学生の頃夏休みの自由研究で調べたことがお役に立てた、
    というお話。

    私たちが住んでいる町、部垂町(へだれまち)の名前がついたわけ。
    大館で調べても、これ、といった答えが見つからず

    「どうも佐竹さんが元住んでいた茨城に昔、部垂村があったらしい。
     そこは今は大宮町と言うらしい。町というくらいだから町長さんは
     居るはず。じゃ、町長さん宛てに手紙を出して聞いてみよう!」

     と、いうなんとまぁ単純かつ大胆な発想で町長さんへ手紙を出し、
     幸運にもその時の矢数町長さんが歴史に興味を持っておられた
     方だったため、大宮歴史民族資料館の方へ回して下さって
     そちらの石井さんから早速お返事をいただいた。

     その手紙には、娘が知りたかった訳がズバリ!書かれていた。

     そんな流れ(笑)
     でも、これがもし今の時代の様にネット検索ですべて分かって
     しまっていれば、大宮の方たちとの交流は始まらなかった訳で。

     単純な発想と大胆な行動と、大宮の町長さんや当時の資料館の
     館長さん、職員の方々、大宮の歴史研究会の皆さんのおかげで
     その後、大宮町とは大人の交流、小学生の交流が何年か続き
     ました。
     残念ながら平成の合併の後、予算の都合か小学生の交流が
     途絶え、とても残念に思っていました。

     でもまた、こんな形で大宮の方たちと交流が始まるとは!

     実は学校の先生に、「どの研究を見ても、子供より親がやった、という
     内容の物ばかりなのに、それでも夏の自由研究は意味があるの
     でしょうか?」と聞いたことがありました。

     「学校でも、それを子供一人でやったとは思っていませんよ。
      何か長い休みを利用して、親子一緒にやってみた、という
      事も良いのではないでしょうか?^^」 と言われて
     単純な私は、「ホントだ!やってみよう!」と思ったのです(笑)

     「部垂町の名前がついたわけ」
     は、3年生から6年生まで4年間続きました。
     歴史の時間の観念は小学生には難しく、娘を泣かせながら続けた
     部分もありますから、どう思っているのだろう?と少し心配して
     いたのですが、どうやら彼女の中では良い思い出になっている
     ようで安心しました。

     防災協定の締結は10日とお聞きしました。
     どうも台風が迫っているようで心配ですが、どうか無事に終わり
     ますように!
by primaatsuko | 2014-07-08 00:11 | 3日坊主のprima日記 | Comments(0)